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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)9643号 判決 2000年5月29日

原告

破産者玉村株式会社

破産管財人

坂恵昌弘

被告

株式会社サザンダイヤ

右代表者代表取締役

上嶋純子

右訴訟代理人弁護士

川合宏宣

主文

一  被告は、原告に対し、金三五七〇万円及び右金員に対する平成一一年九月一九日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  争いのない事実

一  訴外玉村株式会社(以下「破産会社」という。)は、平成一〇年三月二七日午後二時四五分、大阪地方裁判所において破産宣告を受け、原告は、同日、破産管財人に選任された。

二  破産会社は、昭和五七年一〇月二九日、その所有にかかる別紙物件目録記載の不動産につき、以下の約定で被告に賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、引き渡した。

期間 三年

賃料 一か月金二一〇万円

支払日 毎月一日当月分を破産会社に持参又は送金して支払う。

保証金(敷金) 金二億二四〇〇万円

三  本件賃貸借契約は、期間満了後、法定更新された(弁論の全趣旨)。

四  平成一〇年四月分から平成一一年八月分までの一七か月分の賃料合計額は、金三五七〇万円である。

五  被告は、同年一〇月一八日の第一回口頭弁論期日において、破産会社の被告に対する同年四月分以降の賃料債権と被告の破産会社に対する金二億二四〇〇万円の敷金返還請求権(破産債権)とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

第三  争点

将来発生する敷金返還請求権(破産債権)を自働債権とし、破産宣告時以後に発生した賃料債権を受働債権として相殺することができるか

(被告の主張)

破産法一〇三条の規定により、破産宣告後の賃料債権と被告の破産会社に対する敷金返還請求権とを相殺することができる。

(原告の主張)

被告が自働債権として主張する敷金返還請求権は、賃貸借契約終了後賃借物件の明渡完了時において賃借人が賃貸人に対して負担する未払賃料債務等を控除してなお残額がある場合に残額について具体的に発生する停止条件付債権であるところ、停止条件付債権については、条件成就前にこれを自働債権として相殺することは認められておらず、債務者が破産した場合でも同様である(破産法九九条、一〇〇条)。そして、破産会社と被告との間の本件賃貸借契約は現在も継続しているから、停止条件付債権である敷金返還請求権を自働債権とする相殺は、許されない。

第四  当裁判所の判断

一1  敷金は、賃貸借契約終了後賃借物件の明渡を完了した時点において、それまで生じた未払賃料債権や原状回復義務から生じる債権のほか、賃貸借契約終了後明渡義務の履行時までに生じる賃料相当額の損害賠償債権等、賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借終了後賃借物件の明渡完了のときにおいて、それまでに生じた右のような被担保債権を控除し、なお残額がある場合に、その残額について具体的に発生する、停止条件付債権であると解される。

2  ところで、停止条件付債権については、一般に、条件成就前にこれを自働債権として相殺することは認められておらず、債務者が破産した場合にも同様であるから(破産法九九条、一〇〇条)、いまだ賃貸借契約が終了しておらず、停止条件が成就しない段階で、停止条件付債権である敷金返還請求権を自働債権として相殺することはできないというべきである。

3  被告は、破産法一〇三条一項の規定により停止条件未成就の段階においても敷金返還請求権を自働債権とする相殺が許されると主張する。しかしながら、同条一項前段の規定は、右規定がなければ賃借人が賃貸人に対して債権を有していても破産宣告後に発生した賃料債権との相殺は一切許されないはずのところ、賃借人の利益と他の破産債権者との利益の調和を図る趣旨で、破産宣告時の当期及び次期に発生した賃料債権に限っては、特にこれを受働債権とする相殺を認めることとしたものであって、同項後段の規定は、「敷金あるとき」には当期及び次期の賃料債権に限らず敷金の限度で相殺可能な受働債権の範囲を拡大したものと解するのが文理上自然であって、それ以上に、相殺可能な自働債権に関して特則を定めたものとまで解することは相当でない。

そもそも、敷金返還請求権は、前述のとおり、賃貸借終了後賃借物件の明渡完了のときにおいて、それまでに生じた被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額について具体的に発生するものであるから、停止条件未成就の段階で自働債権である敷金返還請求権の額を確定することは不可能であるし、仮に、交付済みの敷金全額について自働債権として相殺を許すとすれば、相殺後に生じた未払賃料や賃貸借契約終了後明渡までの賃料相当損害金等の債務に対する敷金の担保的機能が失われることとなり、他の破産債権者の利益を不当に害するおそれがあるなど、不都合な点が生じることとなる。

3 したがって、いまだ賃借物件が明け渡されておらず、停止条件が成就していない現段階において、敷金返還請求権を自働債権として未払賃料債権と相殺することは許されないものといわざるを得ないから、被告の相殺の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

二  以上によれば、原告の本訴請求は、理由がある。

(裁判官・増森珠美)

別紙物件目録<省略>

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